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肺炎球菌ワクチン接種について(感染症科:古川恵一)

2024.05.15

1.はじめに

肺炎球菌感染はすべての年齢層でみられる重要な感染症です。この感染を防御するための肺炎球菌ワクチンも進歩しています。乳児期の定期接種に加えて、65歳以上のすべての人および6歳から64歳までの人の中で肺炎球菌感染のリスクの高い基礎疾患を持つ人において、肺炎球菌ワクチン接種が推奨されています。肺炎球菌感染と推奨される肺炎球菌ワクチン接種について説明します。

1.肺炎球菌感染について

肺炎球菌は市中肺炎の原因菌として最も頻度の高い細菌であり、急性中耳炎や副鼻腔炎の原因にもなります。病原性は比較的強く、時には侵襲性肺炎球菌感染(I PD)とよばれる髄膜炎や菌血症(敗血症)など重篤な感染を起こします。

小児では20-25%、成人では5-10%の人が上気道に肺炎球菌を保菌します。保菌者から飛沫を介して伝播します。大部分の健康な人では上気道に肺炎球菌の定着が始まり、2―3週間すると肺炎球菌の外側の莢膜に対する抗体ができて発症しません。ところが抵抗力の減弱した人は上気道に定着した肺炎球菌に対して十分な抗体ができず、感染して発症するリスクが高いです。

最近の国内での報告では、IPD患者の70%は65歳以上でした。6歳から14歳のIPD患者のうち基礎疾患がある人は43%で、主な基礎疾患は、血液・腫瘍性疾患、神経疾患、髄液漏、人工内耳などでした。15歳から64歳のIPD患者で基礎疾患がある人は58%であり、65歳以上で基礎疾患がある人は72%で、主な基礎疾患は糖尿病、自己免疫疾患、ステロイド投与、慢性肝疾患、固形癌、慢性心疾患、慢性肺疾患、慢性腎疾患などでした。IPDによる死亡率は19%でした。

2.国内の肺炎球菌ワクチンの接種状況

国内では15歳から64歳のIPD患者で肺炎球菌ワクチンを接種していた人は2.3%で、65歳以上のIPD患者で肺炎球菌ワクチン接種歴のある人は13%でいずれも低率でした。国内では15歳以上の人の肺炎球菌ワクチン接種率は低いです。

3.肺炎球菌ワクチンの種類

肺炎球菌は莢膜で包まれ、これが病原性に関係します。莢膜を構成する多糖体の抗原から100種類以上のタイプ(血清型)が存在します。定着する菌の莢膜に対する十分な抗体があれば感染の発症を防御できます。

肺炎球菌ワクチンには、莢膜多糖体を精製してそのまま抗原として使用した多糖体ワクチンと、精製した莢膜多糖体にキャリアタンパクを結合させた結合型ワクチンの2種類があります。

(1)肺炎球菌莢膜多糖体ワクチン

1)23価肺炎球菌莢膜多糖体ワクチン(PPSV23, ニューモバックス)23種類の莢膜多糖体を含む不活化ワクチンで23価肺炎球菌莢膜多糖体ワクチンとも呼ばれ、国内のIPD患者から分離された肺炎球菌の約70%をカバーします。2歳以上に適応になります。日本では65歳以上の定期接種に用いられています。

(2)結合型肺炎球菌ワクチン

1)13価結合型肺炎球菌ワクチン(PCV13, プレベナー)

13種類の莢膜多糖体を含み、国内のIPD患者から分離された肺炎球菌のうち48%をカバーします。不活化ワクチンで、肺炎球菌のタイプに特異的な莢膜多糖体とキャリア蛋白を結合させたものです。Tリンパ球依存性の免疫的記憶反応を誘導し、抗体産生能は莢膜多糖体ワクチンよりも優れています。また粘膜の免疫を高める作用があり、菌の粘膜定着を防ぐ作用もあります。小児(生後2か月から5歳)の定期接種に用いられています。全年齢層の人に有効です。

2)15価結合型肺炎球菌ワクチン(PCV15,バクニュバンス)

15種類の莢膜多糖体を含み、PCV13よりも多くのタイプの肺炎球菌をカバーします。2024年4月から国内で発売になりましたので、小児の定期接種にPCV13の代わりに使用されるようになると思います。全年齢層の人に有効です。

4.肺炎球菌ワクチンの効果について

(1)23価肺炎球菌莢膜多糖体ワクチン(PPSV23)の効果

国内では65歳以上の人においてPPSV23接種による全ての肺炎球菌肺炎の予防効果は27.4%、ワクチン血清型の肺炎球菌肺炎の予防効果は33.5%でした。PPSV23のIPDを予防する効果は14%から47%と報告されました。

75歳以上の人でPPSV23接種後1年間ではIPDの予防効果は74%でしたが、5年後には15%に低下したという報告があり、5年ごとの追加接種が必要です。

(2)結合型肺炎球菌ワクチン(PCV13)の効果

2歳以下の小児ではPCV13によりワクチン型肺炎球菌によるIPD予防効果は80%であり、全ての型のIPD予防効果は58%と報告されました。

米国では1998年と2019年を比較すると、5歳以下の小児では10万人あたりIPDは95人から7人に減少しました。またPCV13に含まれる型の肺炎球菌によるIPDは10万人あたり88人から2人に減少しました。一方ワクチン型でない肺炎球菌のIPDは増加しました。また小児だけではなく、成人においてもワクチン型の肺炎球菌によるIPDは減少しました。

オランダからの報告では、65歳以上のプラセボとPCV13の二重盲検比較試験において、PCV13はワクチン血清型による市中肺炎を45.6%予防し、ワクチン血清型による菌血症を伴わない市中肺炎を45.0%予防し、ワクチン血清型によるIPDを75.0%予防しました。

また最近の米国からの報告では、PCV13により65歳以上の高齢者の市中肺炎の予防効果が70%みられました。

(3)結合型肺炎球菌ワクチン(PCV13)と23価肺炎球菌莢膜多糖体ワクチン(PPSV23)の連続接種の効果

初めにPCV13を接種し、その1年後から4年後までにPPSV23を接種することにより、両ワクチンに共通な12血清型に対する特異抗体の上昇(ブースター効果)が期待されます。単独よりも感染防御能が高まる可能性があります。

韓国からの報告では、65歳から74歳の人では入院を要する肺炎球菌の発症予防率はPCV13単独では66.4%、PPSV23単独では18.5%であり、PCV13とPPSV23の連続接種では80.3%に高まったと報告されました。

5.日本の肺炎球菌ワクチン定期接種について

日本では現在次のような人が肺炎球菌ワクチン定期接種の対象になっています。

1,生後2か月から5歳まで:PCV15(またはPCV13)

2,65歳以上(65歳、70、75、80、85、90、95、100):PPSV23 1回

3,60歳から64歳で慢性肺疾患・慢性心疾患・慢性肝疾患の人:PPSV23

4,HIV感染者で免疫力低下があり日常生活困難な人:PPSV23

6.今後、推奨される肺炎球菌ワクチン接種のあり方について

(1)肺炎球菌ワクチン接種の対象となる人

肺炎球菌感染のリスクのある人が対象です。

1)65歳以上の全員

2)6歳以上64歳以下で以下のような肺炎球菌感染のリスクの高い人

・糖尿病・慢性肺疾患・アルコール依存症・慢性心疾患・慢性肝疾患・固形癌

・副腎皮質ステロイド剤治療・免疫抑制剤治療・生物学的製剤治療

・抗癌剤治療・慢性腎疾患・透析・自己免疫疾患・機能的・解剖的無脾症

・血液幹細胞移植・人工内耳・髄液漏などを持つ人です。

(2)今後の肺炎球菌ワクチン接種のあり方

主に19歳以上の人の場合について述べます。18歳以下の人にも適用できますが、担当医とよく相談してください。

1)肺炎球菌ワクチン未接種の人の場合

①初めにPCV15(またはPCV13)接種を受けます。

②その後に1年から4年後までにPPSV23接種を受けます。

③PPSV23は5年ごとに追加接種を受けます。

〇特に免疫不全の程度が強い人はPCV15(またはPCV13)接種後に、より短い間隔で(8週から1年以内)PPSV23接種を受けることが推奨されています。各個人ごとに免疫不全や感染のリスクの程度やワクチン接種歴に応じて担当医と相談して決めます。

2)PPSV23のみ接種を受けた人の場合

①PPSV23接種から1年以上後にPCV15(またはPCV13)接種を受けます。

②その1年以上後に、前回のPPSV23接種から5年後にPPSV23追加接種を受けます。

7.肺炎球菌ワクチンの副作用

肺炎球菌ワクチンはいずれのタイプも副作用は少ないです。注射局所の発赤、腫脹、熱感、痛みが起こることがあります。また微熱、頭重感、倦怠感などが起こる場合もあります。いずれも軽症で、2-3日で自然に軽快します。重い副作用は稀です。

8.他のワクチンとの併用について

PPSV23もPCV13もインフルエンザワクチンと一緒に接種を受けても問題はありません。肺炎の予防効果は高まります。

9.今後期待される肺炎球菌ワクチン

(1)20価結合型肺炎球菌ワクチン(PCV20、国内では未認可)

20種類の莢膜多糖体を含み、より広範囲のタイプの肺炎球菌をカバーできる免疫原性の高い結合型ワクチンであり、米国では使用可能であり、全年齢層の人に使用が奨められています。日本ではまだ未認可ですが、従来のワクチンよりも高い有効性が期待されます。

(2)その他の新しい肺炎球菌ワクチン

結合型ワクチンで21価ワクチンや24価ワクチンも開発されています。また血清型によらず広範囲の肺炎球菌をカバーしうるユニバーサル肺炎球菌ワクチンの開発研究も進められています。