狭心症と心筋梗塞について(循環器内科:神田順二)
1.はじめに
皆さんご承知のように日本は世界有数の長寿国であります。とは言え、人は必ず何らかの原因で死亡することに変わりはありません。最近の統計によりますと、日本人の死因の第1位は悪性新生物(いわゆる”がん”)、第2位は心疾患、第3位は脳血管疾患となっています。
心疾患と一口に言っても実はたくさんの病気が存在するわけですが、その中でも本日お話する心筋梗塞は死因となりうる心疾患の代表です。がんについては、現在多くの研究が盛んに行われているものの、確たる予防法や治療法があるわけではありません。それに比べて、狭心症や心筋梗塞は皆さんが知識を深めることによって予防や早期発見を可能とする疾患であり、またその治療法も近年確実に進歩している疾患であります。
本日はどうやって狭心症や心筋梗塞を予防していったら良いのか、あるいは早くみつけるにはどうしたら良いのか、もしこれらの病気になったらどう対処したら良いのか、一緒に考えてみましょう。
2.狭心症と心筋梗塞はどんな病気なのでしょうか?
狭心症や心筋梗塞は有名な病気ですから、たぶん皆さんの多くはその名前を聞いたことがあるのではないでしょうか?あるいは、実際身内や友人、近所の方などをこれらの病気で亡くしているかもしれませんね。どちらも”心”という文字が入っているのだから、心臓の病気だろうと思いますよね。
広い意味ではその通りです。でもそれ以上のことを説明するとなると結構難しいかもしれません。たとえば「狭心症」について考えてみましょう。誰が一体この名前を付けたのかを私は知りませんが、字の通り解釈すれば、心臓が狭くなる(?)病気のように思えますよね。でもその解釈は誤りです。狭くなるのは心臓そのものではなく、心臓に血液を送っている血管、すなわち「冠動脈」の方なのです。
冠動脈がこれらの病気の大元ですから、狭心症や心筋梗塞をまとめて「冠動脈疾患」と呼ぶこともあります。また、冠動脈が狭くなることによって、心臓(心筋)に行く血液が不足しますから、「虚血性心疾患」という呼び方もされることがあります。このように呼び名がいくつもあるのは混乱のもとですから、本日はあくまでも「狭心症」と「心筋梗塞」という呼び方で統一したいと思います。
さて、そうすると原因はどうも血管(動脈)の側にあるようですね。きっと皆さんは、「動脈硬化」という言葉を耳にしたとこがあるでしょう。そうなのです。冠動脈に動脈硬化が強く起こると、狭心症や心筋梗塞を起こすことになるのです。
ただし、ここでもちょっと言い訳をしておかなくてはいけないことがあります。「動脈硬化」も字だけ見ると、動脈が硬くなると解釈されそうですが、通常は硬くなるだけではなく、動脈の壁にコレステロールがたまったり、線維性の被膜ができたりして、血管の内腔が狭くなるのです。そうなりますと、当然そこを通る血液の量は少なくなり、心臓の筋肉が必要とするだけの血液量を供給できなくなることになります。
ふだん安静にしている時には何ともなくとも、力仕事をしたり、階段を昇ったり、走ったりして心臓に負担がかかると胸がしめつけられるようになる場合が、典型的な狭心症です。この場合の狭心症は「労作性狭心症」とも呼ばれます。しかし、狭心症は安静時にも起こることがあり、この場合、より注意が必要です。この型の狭心症には2つのタイプがあります。ひとつは動脈の壁に存在する平滑筋というのが収縮を起こして、内腔が狭まるもので、これは「異型狭心症」あるいは「冠れん縮性狭心症」と呼ばれ、しばしば明け方などに発作を起こします。
もう1つは、内腔がせまい部分に血の固まり(血栓)ができて、内腔が急に高度に狭まる場合です。要するに安静にしていても、心臓の筋肉に必要な血液が送れていないわけですから、これは大問題です。通常、このタイプの狭心症は「不安定狭心症」と呼ばれ、心筋梗塞の一歩手前と判断されます。緊急に治療を開始しないと、心筋梗塞を起こす可能性が高くなります。いずれにしても、狭心症の段階で診断されれば、後に述べるように治療法がありますからまだ良いのです。
問題は心筋梗塞です。狭心症を放置した場合、最終的にある確率で冠動脈の閉塞を起こし心筋梗塞を起こします。心筋梗塞と狭心症の違いは、狭心症の場合には通常心臓の筋肉の障害がないか、あるいはあっても少ないわけですが、心筋梗塞では確実に心臓の筋肉が障害(壊死と言います)されます。急激な筋障害が起こりますと、質の悪い不整脈が高い頻度で起こってきます。そしてこの質の悪い不整脈がしばしば心筋梗塞の発症早期に命を落とす原因となるのです。
心筋梗塞の場合は通常、胸痛が持続しますから、がまんしないで救急車を呼んでできるだけ早めに病院へ行くことが大切です。もう1つ強調しておかなくてはいけないことは、心筋梗塞は前ぶれがなにもないこともよくあるということです。前に述べた狭心症の発作を1回も経験していない人でも心筋梗塞になりうるのです。それは狭心症と心筋梗塞が必ずしも連続した線上にないことを意味します。
すなわち、動脈の内腔がある程度広くとも何らかの原因で急に血栓ができて、完全に動脈を閉塞してしまえば心筋梗塞を起こすわけです。こうなりますと、心筋梗塞を予見するということはきわめてむずかしいということになります。
3.狭心症や心筋梗塞を予防するにはどうしたら良いのでしょうか?
実際の話、病気の予防というのは、治療よりもむずかしい問題です。前に述べたように狭心症や心筋梗塞は冠動脈の動脈硬化が一番の原因であることはわかってきました。さらにその動脈硬化を促進させるものとして、高血圧、高脂血症、喫煙(タバコ)、糖尿病、肥満などが上げられています。しかもこれらが単独ではなくて、重なるほど悪いということもわかってきました。
ですから、まずは自分自身がこれらの要因(危険因子といいます)をもっているのかどうかを知ることが大切です。職場や地域の健康診断を受けるということは、そういった意味で大切なことなのです。これらの危険因子はすべて、皆さんの生活習慣と密接に関わっているものです。塩分やカロリー・コレステロールを抑えた食事、適度な運動(1日30分程度の早足歩行)、禁煙、適度な飲酒(ビール中びん1本程度、日本酒1合程度)、定期的な体重測定などを積極的に行うことが大切です。
すでに高血圧、高脂血症、糖尿病などをお持ちの方は、医師の指示に従い、それらの疾患の管理に努めましょう。
4.狭心症や心筋梗塞を早く見つけるにはどうしたら良いのでしょうか?
狭心症や心筋梗塞の典型的な症状は、胸痛や胸の圧迫感・しめつけ感です。狭心症では通常数分から長くとも15分程度で症状は消失しますが、心筋梗塞の場合には持続するのが普通です。また、冷や汗を伴ったり、顔色が悪くなったり、吐き気を伴うこともあります。前に述べましたように心筋梗塞は命とりになる病気ですから、持続性の胸痛がある場合には救急車を呼んで病院にできるだけ早く行くようにして下さい。
通常、心電図をとれば診断は比較的容易です。短時間でも胸痛をくりかえす場合にはなるべく早めに病院を受診するようにして下さい。不安定狭心症の場合には入院の上、治療が必要になります。
症状はないけれども、たまに無理をすると胸がしめつけられる場合には、外来で運動負荷心電図や24時間心電図(ホルター心電図とも言います)をとることが有用なことがあります。安静時の心電図がいくら正常であっても、狭心症の可能性は否定できませんので、心配な方は担当医師に運動負荷試験を頼んでみるといいでしょう。
ただし、残念ながら運動負荷心電図や24時間心電図がすべての狭心症を見いだす手だてとはなりません。それは心電図は、冠動脈そのものを直接評価する検査ではないからです。心臓の筋肉に強い虚血が生じると心電図変化があらわれますが、それでも100%とは言えないのが実状です。もっと詳しく調べるにはどうしたら良いでしょうか?現時点では、冠動脈の造影検査が最も確実な検査です。
かつてはこの検査は危険性の高い検査とされていました。また、以前は太股の付け根の動脈から管(カテーテルと言います)をいれていたために、一晩ベッドでの安静が必要でした。現在は、肘や手首から細いカテーテルをいれて検査を行うようになったため、検査直後から歩けるようになり、患者さんの身体的・心理的負担は軽くなり、また、合併症もきわめて少なくなりました。当院では最近では毎年1000人以上の患者さんにこの検査を受けていただいております。
5.狭心症と心筋梗塞の治療にはどのようなものがあるのでしょうか?
治療方法は大きく3つに分類されます。基本は薬による治療です。主として冠動脈を拡張させる薬(硝酸薬やカルシウム拮抗薬など)と冠動脈の閉塞を防ぐ薬(抗血小板剤)が使われます。心筋梗塞の場合には心筋の負担を軽減する薬(アンギオテンシン変換酵素阻害薬やベータ遮断薬など)が併用されることもあります。
2番目の治療としては、カテーテルを用いた治療があります。5年ほど前は細長い風船(バルーンカテーテルと言います)で冠動脈の狭い部分や閉塞した部分を拡張するという方法(経皮的冠動脈形成術と言います)が主に行われていましたが、最近では風船で拡張させた後に、ステントといって金属の網状の筒を植え込む治療が主流になっています。といいますのは、風船の拡張だけでは、数ヶ月以内に40~50%の患者さんでまた冠動脈が狭くなる現象(再狭窄)が起こり、ステントを入れることでその率を半減させることができるからです。
なおステントを用いた冠動脈狭窄の拡張成功率は95%以上に達しています。心筋梗塞においてもこのステント留置はきわめて有効な治療法であり、5年ほど前は15%程度であった急性心筋梗塞の死亡率が最近では5%程度にまで低下してきています。ただし、ステントを入れた場合でも15~20%の再狭窄は起こるため、定期的な検査が必要となります。また、冠動脈造影検査と同様、この治療も現在は手首や肘の動脈から施行可能となり、患者さんの負担は軽くなっています。
3番目の治療として、手術による治療があります。これは冠動脈バイパス術といって冠動脈の狭くなった部分を飛び越して別の血管をつなぐ手術です。かつては下肢の静脈を部分的に切り取って大動脈と冠動脈をつなぐことが多かったのですが、最近では内胸動脈などの動脈を用いた手術が主流となっています。と同時に人工心肺装置も使わないで手術が行われるようになり、手術治療においても患者さんの負担軽減と成績の向上が見られるようになっています。
6.終わりに
狭心症や心筋梗塞は、今後も増える可能性の高い病気です。これらの病気の成り立ち、予防、検査、治療について知っておくことは皆さん御自身のみならず、皆さんの周囲の方々にもきっと役立つことがあるものと思います。疑問や何かご不明な点があれば、何なりとお申し付け下さいますようお願い申し上げます。